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【番外編】第五章  一緒に、共に

last update Last Updated: 2025-07-30 17:01:46

 夕方。

 太陽が沈みかけ、赤い光が襖を透かして部屋を照らす。  

 そのやわらかな明かりに包まれながら、私は小さくため息をついた。

 刀の手入れをしながら、物思いにふける。

 あの事件から一日が経ち、仲間たちの言葉が今も胸の中で繰り返されていた。

 私は、今のままでいいのかな。

 剣を捨てられない、それでも、神威の隣にいたい。

 ――もし、それでいいと言ってくれるなら。

 その想いが、私の中で大きくなっていた。

 そのとき、襖の向こうから神威の声がした。

「雛、入ってもいいか」

 たった今、想っていた相手が現れ、胸が高鳴る。  

 胸の高鳴りを落ち着けながら、私は答えた。

「……うん」

 静かに襖が開き、神威が入ってくる。

 神威の視線が私の手元にある刀へと注がれる。

 その瞳がわずかに揺れたあと、私の顔へと移った。

「昨日のこと、聞いたよ。怪我がなくてよかった……」

 優しい声音と共に、神威は私の隣へ腰を下ろした。

 触れ合いそうな距離に彼がいて、胸がざわめく。

 今しかない。

 ――想いを伝えよう。

 私は一度深呼吸すると、少し俯きながら、搾り出すように言った。

「私……やっぱり、剣を捨てることができない。これが、私だから。  

 もしあなたが許してくれるなら……」

 じっと神威を見つめる。

 彼は目を細め、優しい笑みを浮かべた。

「それでいい。俺は……そのままの雛が好きだよ。

 最近、雛の様子がおかしいのに気づいていた。ずっと悩ませてしまって、ごめん」

 神威が軽く頭を下げる。

 じわっと涙が出そうになった。

 今まで我慢していた感情が溢れ出しそう。

 彼は、私がずっと悩んでいることに気づいていた。理解しようとしてくれていたんだ。

 そのことに、胸が満たされていく。

 私が俯き黙り込むと

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